大判例

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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)34号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年頃二宮久恵と知り合いやがて内縁関係を結んで同居するに至つたが、昭和四三年五、六月頃夫婦喧嘩をし、以来別居することとなつたもののその後も同女とは互に行き来し、その内縁関係は継続していたところ、

第一、被告人は昭和三九年頃より糖尿病と肺結核を患い、その健康状態がおもわしくなかつたことや、正月を控え金も必要であつたことから当時自分の借りていたアパートを引き払つてその権利金を返してもらい、自らは久恵方に同居して正月を楽しく過したいと考え、昭和四三年一二月二六日正午過ぎ頃大阪市阿部野区美章園町三丁目六番一〇号翠明荘二階一九号室の久恵方において、同女やその長女山野克子(当二二年)に対し、久恵と再び同居したい旨話を持ちかけたところ、久恵は余り強くはこれに反対しなかつたものの、かねてより被告人と折り合いの悪かつた右克子が強くこれに反対したため、被告人はやむなく久恵との同居を断念し、その代り被告人が出費して久恵のために借り受けていた前記翠明荘一九号室の権利金を克子が被告人に返済することになつた。そこで被告人は右同室の権利証を取りに、当時自分が居住していた同市都島区大東町三丁目明輪荘一九号室に一旦帰宅したのであるが、その際克子が素直に金を渡さない場合には脅してでも取ろうと考え、権利証とともにかねてより下駄箱の中に保管していたくり小刀(昭和四四年押第七〇号の一―刃渡り一四センチメートル)を取り出して着用していた腹巻きの中に入れ、同日午後四時頃再び翠明荘に戻り、一階七号室の前記克子方において同女に権利金の支払を要求したところ、同女から「ああええよ、その代り筒井さんの分も払つてゆきや」といつて被告人が近所の酒屋で借りている飲み代を清算すると言われたため、それまで押えていた克子に対する日頃のうつ憤や前記のように同女の反対で久恵と同居できなくなつたことなどの憤懣が一挙にこみあげ、憤慨のあまり前記所携のくり小刀を鞘から抜くなり、「殺したる」などといいながら克子に切りつけようとしてもみあううち同女の左胸部を突き刺し、よつて同女に対し約三週間の入院安静加療を要する深さ約四センチメートルの左側胸部刺創肺損傷の傷害を負わせ

第二、前記権利金の一部を克子に貸すため同室に居合せていた山野司郎(当二三年)が、被告人の克子に対する前記暴行をとめるため、くり小刀を取り上げようと立ち上つて被告人の右手首を押えたのに対し、その妨害を排除しようとした被告人はくり小刀を持つた右手で同人を振り払い、よつて前記くり小刀によつて同人に対し約一ケ月間の加療を要する左三、四、五指掌側切創兼屈筋腱裂の傷害を負わせ

たものである。

(殺意を否定した理由)

本件公訴事実中、被告人が山野克子に対し判示第一の犯行をなした際、殺意を有していたものであるという点については、証人山野克子(第二回公判調書中)、同山野司郎(第三回公判調書中)の各供述部分および筒井義輝の司法警察員に対する供述調書中の一部に、被告人の殺意を推認せしめる供述があり、又右犯行に使用されたくり小刀も刃渡十四センチメートルの相当鋭利なもので、使い方によつては十分人を殺すに足るものではあるが、被告人が山野克子に切りつけたのは、克子から返す権利金の中から酒店での未払の酒代を払つていけといわれたため、二宮久恵は強いて反対しないのに克子の反対のため久恵と同居できなくなつたことに対する憤懣が動機となつたもので、被告人と久恵との関係は同居は断念せざるを得ないとしても、そのために二人の間の内縁関係が絶たれるというようなものではなかつたと思われるし、被告人としても同居の点は一応諦めていたことであるから、克子の言葉に憤慨したとしても同人を殺すまでの気持が起つたとは考えられないこと、被告人はくり小刀で克子の身体の重要部分を狙つて切りつけたものではなくもみあいながら切りつけたものであること、克子が受けた傷も深さ約四センチメートルでさほど深いものではないこと、克子自身もその場の雰囲気について殺されるというような緊迫感を感じていないことなど、犯行の動機、態様、傷害の程度、犯行現場の雰囲気等諸般の事情を綜合して考察すれば、右犯行について被告人の殺意を認めるには証拠が十分でなく、結局傷害の故意で右犯行に及んだものと認めるのを相当とする。

なお被告人が右犯行の際「殺したる」と口走つていることは認められるが、これも克子の言葉に対する憤慨の情の現れではあるが、これをもつて直ちに被告人の殺意を推認することも相当ではない。

(戸田勝 宮嶋英世 島敏男)

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